「それ、ミラモン?」
放課後の昇降口で、コンフィは片足を上履きに残したまま、トリネの鞄を指した。口から覗いている四角いケースには、家にある箱と同じマークがついていた。
中学も終わろうという頃になって、初めて見つけた。
「そうだけど」
「やる人いたんだ」
「こっちの台詞」
コンフィは履いたばかりの靴を脱いだ。トリネも下駄箱を閉めずに待っている。どこの教室が空いているかは、コンフィが知っていた。
二人で机を挟み、箱を開く。トリネはコンフィの札を一枚ずつ横へずらしていった。
「虫、多くない?」
「魚もいる」
「強いのは?」
「好きなのはこっち」
コンフィは魚に似た札を取り返し、大きな顎の甲虫をその上へ並べた。二枚とも見えるように、角を少しずらす。
「強さを聞いたんだけど」
「一回やれば分かるって」
一回やっても分からなかった。甲虫が山札の底にいたからだった。
トリネがその札を指す。
「それ出るまで、もう一回」
「明日じゃだめ?」
「明日も持ってくるの?」
コンフィが答える前に、トリネは机へ広げていた自分の札を集め始めた。帰る方ではない集め方だったので、コンフィも箱を閉めるのをやめた。
二回目も、甲虫は出なかった。
帰り際にもう一度「明日も」と聞かれ、コンフィはうなずいた。出なかった札は、家で抜かずにおくことにした。
*

高校へ上がると、シキが三つのデッキケースを、あの空き教室の机へ置いた。
コンフィとは中学から同じ生物部だった。鉢の様子を見ていると、隣から魚や虫の話が始まる。最近はその話にトリネの名前も混じり、シキも何度かここへ顔を出していた。
今日は見に来ただけではない。ミラモンを広げていた二人の間へ、星律札戦の箱を寄せる。別のカードゲームだが、やってみればきっと分かる。一番上には、シキが始めるきっかけになった、蔓と花をまとった札を入れてあった。
「布教用が三つある」
トリネが数えると、コンフィが自分とトリネを交互に指した。
「私たち、やるって言ったっけ」
「今から聞く。やる?」
シキは一つ目の箱を開けた。コンフィは水辺の生き物に似た札を、トリネはその隣の、いちばん文字が多い札を手に取った。
「これ、最初から出せる?」
「それはまだ。先にこっちを出して、何回か進めてから」
「じゃあ、そこまでやる」
説明は三人で札を並べながら進んだ。コンフィは途中で、場にある札へ別の一枚を重ねた。
「それ、ミラモンの置き方」
「あー、そっか。今、こっちだった」
慌てて一枚を引き抜いた拍子に、下の札までついてきた。トリネが指で押さえてやる。トリネの手札には、最初に選んだ文字の多い札がずっと残っていた。
シキが勝つと、トリネはそれを表にして机へ置いた。
「出せなかった」
「もうちょっとだったね」
説明書を閉じかけたシキの指に、トリネの指が重なった。
「出せるところまでって言った」
コンフィは自分の札を混ぜながら笑った。こうなることだけは、別のゲームでも知っていた。
*

数日後、シキが忘れたノートを取りに教室へ戻ると、アオイが一人で寝ていた。
ほかの生徒の鞄はなく、椅子も机の下へ戻されている。窓際だけまだ明るい。そこへ頬を向け、両腕を重ねて、なかなか帰りそうになかった。
シキが机を二度叩くと、アオイは片目を開けた。
「帰らないの?」
「……今、何時?」
時刻を聞いてから、ゆっくり教室を見回す。
「取り残された」
「寝てたからね」
シキは自分の机からノートを取り、鞄へ差し込んだ。口を閉じる前に、アオイが中のケースを指した。
「それ何。さっきまでやってたの?」
「カードゲーム。やる?」
「起こして最初にそれ?」
「今なら一組貸せる」
アオイは目元をこすってから、隣の椅子を引いた。シキも鞄を置き直す。ノートは、ひとまず回収できた。
*

アオイは配られた札を持ち上げ、表と裏を見た。
シキが最初の手順を説明している間に、使えそうな一枚を前へ出しておく。シキがそこまで説明を進めると、すぐ指を置いた。
「これ、出していい?」
「うん。あ、そっちか」
シキの手札が少し下がった。
「違った?」
「合ってる。私がちょっと困る」
「じゃあ、これでいい」
アオイは札から手を離し、頬杖も外した。
分からないところは、そのたびに聞けばよかった。今出した札は次にも使える。向かいのシキが一枚伏せたのは気になる。眠る前より、机の上に見るものが増えていた。
一回終わると、アオイは自分で山札を混ぜ始めた。
「もう起きたから」
シキが時計を見る前に、二回目の札が配られた。
帰る時には、借りた箱もアオイの鞄へ入っていた。
「次、持ってくるね」
「返してね」
「うん。持ってくる」
*

次の放課後、コンフィとトリネがいつもの空き教室で待っていると、シキがアオイを連れてきた。
「アオイ。昨日、教室で寝てた」
「紹介、そこから?」
トリネが顔を上げる。アオイは借りたケースを机へ置いた。
「起きた後に二回やった」
コンフィが引いてくれた椅子へ座り、そのまま自分の前で蓋を開ける。
「それ、一回やってから返すね」
シキはうなずいて、自分の分を出した。
「ミラモンより人数増えるの早いなあ」
コンフィが言うと、トリネはアオイの箱を見た。
「寝てる人にも勧めるから」
「起きてから勧めた」
「ぎりぎり」
アオイが札を切り始めたので、シキもそれ以上は言わなかった。
初めは四人とも中央へ肘を寄せていた。対戦が始まると少しずつ広がり、途中で机をもう二つ足した。トリネは今度こそ出せた札を、隣のコンフィにも見せた。コンフィは見ているうちに、自分の番を忘れた。
帰る前、シキが黒板の端へ次に集まる曜日を書いた。
「部室みたい」
アオイが言う。部ではないけれど、次もここが空いていれば使うつもりだった。
トリネは四つのケースを見て、小さく数え直した。
「相手、三人になった」
自分の箱をしまい、一番に立ち上がる。
「明日、どっち持ってくる?」
コンフィとシキが、別々の箱を持ち上げた。

