MAIN STORY / EP-P33 / 高校期後半 / 9 MIN READ

文化祭の準備で泊まります

高校期放課後の泊まり準備から翌日の来場者との対戦開始までトリネ・シキ・コンフィ・アオイ

文化祭の前日、トリネが控室へ持ち込んだのは歯ブラシだった。許可も展示もない三人の泊まり準備は、まずラーメン代七百円を作るところから始まる。

ILLUSTRATION LOADING教員用控室で歯ブラシと泊まり荷物を広げるトリネ、シキ、コンフィ

文化祭前日の放課後、トリネは教員用控室の机へ歯ブラシを置いた。薄いタオルも、その隣へ畳んで置く。

古いテレビにゲーム機をつないでいたコンフィが、振り返った。

「それ、何の準備?」

「泊まる」

「ここに?」

「泊まってみたいから」

シキは広げていたカードを寄せ、歯ブラシの分だけ机を空けた。

「文化祭の準備で泊まるって聞いたんだけど」

「親にはそう言った」

「学校には?」

「言ってない。泊まっちゃだめだから」

コンフィの手から、ケーブルを留めるテープが長く垂れた。

文化祭の間だけ使えるこの部屋には、夜通し作らなければならない展示も、朝まで交代する当番もなかった。テレビとゲーム機はある。長机もある。寝ようと思えば、たぶん寝られる。

準備として足りていないのは、許可だけだった。

「帰るなら今だよ」

シキが言うと、コンフィは自分の鞄を開けた。充電器に替えの靴下、丸めた上着まで入っていた。

「もう持ってきちゃった。いや、泊まる気では来たんだけどさ」

「じゃあ三人」

「人数だけ確定しないで」

シキも机の下の荷物を引き寄せた。タオルが見えないように、少し奥へ押し込んだ。

*

ILLUSTRATION LOADING十円側のバードマンを七百円分の硬貨で渡すトリネと止まるシキ

夕食へ出る前に、トリネが財布の硬貨を数え直した。

一度全部出してみても、ラーメン一杯には届かなかった。しばらく机の硬貨を見ていたが、やがてシキの方を向いた。

「バードマン、七百円で売るよ」

シキは顔を上げた。普段三人がそう呼んでいるのは、《機環鳥人バードマン》という札だった。もう一枚欲しいとは思っていた。七百円なら、店で探すのとそう変わらない。

「状態は?」

「普通」

シキが財布を開けると、トリネも細いカードケースを開けた。机の上で七百円と一枚の札が入れ替わる。

描かれていたのは、羽の生えた古い鳥人だった。名前は《バードマン》。前にも後ろにも、それ以上は書いていない。

「こっち?」

「バードマンでしょ」

コンフィが横からのぞき、息を吸ったところで笑い出した。

この札は十円の箱に何枚もある。シキはカードを置き、トリネの財布へ手を伸ばした。

「返金して」

「あとで返す。ラーメンは今食べる」

トリネは財布を持ち上げ、七百円もまとめてしまった。

「使うのを待ってほしいんだけど」

シキが言っても、コンフィの笑いはしばらく止まらなかった。

*

ラーメンが来ると、三人とも静かになった。

トリネは麺を持ち上げ、コンフィは丼へ顔を近づけすぎて、湯気から一度顔を引いた。シキも返金の話をやめ、まずは冷めないうちに食べることにした。

店を出たトリネが、満足そうに息をつく。それからまた財布を開いた。

「朝まで起きてるなら、夜食いるよね」

「私はもう入らない」

ILLUSTRATION LOADINGコンビニでもやしの袋を温められないと知る三人

コンフィが腹を押さえたが、トリネはコンビニの食品棚へ直行した。下の段から、もやしを一袋持ち上げる。

「これなら買えるわ」

コンフィも値札を見た。たしかに量だけなら強い。

会計を済ませると、トリネは袋を店員へ差し出した。

「これ、レンジで温めてもらえますか」

「こちらは温められません」

袋がそのまま戻ってきた。トリネは出口まで来てから、もう一度振り返った。

「食べ物なのに」

「全部の食べ物を温める店ではないよ」

シキの手にも透明な袋があった。カードケースへ入れる気になれない《バードマン》が、中からこちらを向いていた。

*

「大学の共用棟、湯沸かし器あったよね」

トリネの記憶を頼りに、三人は高校と同じ敷地の大学棟へ戻った。廊下にはまだ明かりがついていた。カップ麺に使う湯沸かし器も、記憶どおり端の流しにあった。

「お湯あった。コンフィ、ちょっと持って」

もやしを渡されたコンフィは、袋の口を開いたところで止まった。

「これに入れるの?」

「ほかに鍋ないし」

「袋は鍋ではないよ」

シキが言う間に、トリネは給湯ボタンへ指を伸ばしていた。

「お湯は入る」

コンフィは袋を流しに置き、上の方だけつまんだ。湯気の中でもやしがゆっくり沈んでいく。三人で見ていると、少しは料理に見えた。

「これ、もういいことにする?」

「温まってはいる」

シキの返事を聞いて、トリネが湯を捨てた。コンフィは濡れた指先を振り、ハンカチを探した。

それから三人は通りへ出て、ハンバーガー店へ入った。トリネがいちばん簡単なバーガーを買うと、コンフィは空いた席を確保し、シキは飲み物と一緒に紙ナプキンを多めに持ってきた。

ILLUSTRATION LOADINGもやしバーガーを注意されるトリネと、バードマンを持つシキ、隣のコンフィ

席へ着いたトリネは、上のパンを外してもやしを載せた。一つまみでは足りず、もう一つまみ。パンを戻して押さえても、白い根が周囲へはみ出した。

「それが夜食?」

「もやしだけだと主食がない」

「ラーメンが先にいたよ」

トリネが口を開けたところで、店員がテーブルの横へ来た。

「恐れ入りますが、お持込みの食べ物は店内ではお控えください」

「バーガーはここで買いました」

「そちらの、もやしです」

トリネは両手の中を見た。隠すには、多すぎた。

上のパンを外し、挟んだばかりのもやしを袋へ戻す。最初の一つまみは簡単だった。ソースのついた細い根だけが、いつまでも肉の上に残った。

コンフィが紙ナプキンを広げて、袋を置く場所を作った。シキはその横へ、自分の透明なカード袋を置いた。

「そっちは戻してるんだね」

トリネの指が一度止まった。

「カードの方は名前合ってるよ」

「返金はまだだけどね」

トリネは残りの一本を取り、ようやくバーガーをかじった。さっきまでと違って、普通に持てた。

*

ILLUSTRATION LOADING消灯後の控室で守衛の鍵音から隠れ、もやし袋を押さえる三人

閉門前に校舎へ戻ると、廊下は半分ほど消灯されていた。

控室に荷物を下ろした途端、遠くで鍵の束が鳴った。トリネが振り返る。

「守衛」

コンフィが戸を静かに閉め、シキが机の上の物を床へ下ろした。三人で壁際へ寄ると、トリネの鞄が足に当たった。中でもやしの袋が鳴り、シキがすぐ手で押さえた。

足音が近づいた。一度止まり、また進む。隣の廊下まで遠ざかってから、コンフィが息を吐いた。

「今日いちばん見つかりそうなの、もやしだね」

「もう一回見つかってる」

トリネが鞄の口へ手を伸ばした。シキがその手首を押さえる。

「今はいい」

隣の廊下で、また鍵が鳴った。

部屋には、翌朝までに完成させる物が何もなかった。足音がしなくなってからカードを出し、飽きるとテレビの音を絞ってゲーム機をつけた。コンフィが負けそうになると声が大きくなり、シキが画面ではなく戸の方を見た。

夜が深くなる頃には、三人とも靴を脱いでいた。机の端には、どのデッキにも入らない《バードマン》が一枚残っていた。

*

翌朝、アオイは文化祭本部の長机で、ノートPCの画面を見ていた。

来るのが遅くなる担当を一つ後ろへ動かし、空いた時間へ別の名前を入れる。印刷済みのシフト表にも、同じ変更を鉛筆で書いた。消しゴムのかすを払って持ち上げると、その下から昨日の表が出てきた。そちらは置いていく。

ILLUSTRATION LOADING文化祭の廊下でアオイに会い、カードともやしを見せる三人

校舎を回り、教員用控室の前まで来ると、中から三人が出てきた。

「早いね」

「昨日からいる」

コンフィの返事を聞き、アオイはトリネの鞄を見た。歯ブラシが覗いている。

「何してたの?」

「文化祭の準備」

トリネが言う横で、シキは袋に入った《バードマン》を持ち上げた。コンフィが鞄のもやしを指す。説明を始めると長くなるので、二人ともアオイを見た。

アオイはしばらく待った。

「それ、どっちも文化祭で使う?」

「使わない」

「じゃあ後で聞く」

シフト表を持ち直し、次の教室へ向かった。

*

文化祭が始まっても、控室の前には企画名の貼り紙がなかった。

トリネとコンフィがテレビの前で対戦し、シキは横で札を整理していた。廊下では呼び込みの声がする。中をのぞいていく人はいたが、三人と目が合う前に通り過ぎた。

「人、来ないね。呼び込みする?」

コンフィが画面を見たまま聞いた。

「何て呼ぶの」

「……カード持ってる人?」

「それなら私、廊下から戻ってくるよ」

シキは《バードマン》だけを机の端へ分けた。

「物販はなしね」

「もう売らないよ」

トリネが返すと、コンフィの操作が一瞬止まった。その隙に画面の決着がついた。

ILLUSTRATION LOADING同じバードマンを脇へ寄せ、来場者の対戦席を作る四人

戸口で、一人の来場者が立ち止まっていた。机の札と、空いている椅子を見比べている。

「ここ、対戦できますか?」

「できる」

トリネはコントローラーを置き、机へ移ってケースを開いた。コンフィが椅子を引く。シキは《バードマン》を脇へ寄せ、二人分の場所を空けた。

休憩に来たアオイが、戸口からのぞいた。手のシフト表には、また鉛筆の線が増えていた。

「企画、あったんだ」

「今できた」

コンフィが答えた。

貼り紙のない戸の内側で、来場者が山札を切り始めた。

了