校舎を出ようとして、アオイは鞄の脇へ手を入れた。ないと分かっていて探す折り畳み傘は、やっぱりなかった。
大学へ分かれた年の秋。午後からトリネと会う約束をしていたが、屋根の向こうでは雨が細く降り続いていた。
《雨降ってるし、今日やめない?》
ちょうどトリネから届いた。
《私も傘ないけど行く》
《私の分も頑張って》
《何言ってるの》
アオイが返すと、少しして別の案が来た。
《新しいデッキ完成してるなら行く》
作りかけの札は、家の机に置いたままだった。昨日も足りない二枚を別の札で埋めてみたが、どちらもしっくりこなかった。
《まだ途中。前のなら持ってる》
今度は返事が来ない。アオイは鞄の口を閉め、雨が少し弱くなったところで屋根の下を出た。
*
乗換駅で、アオイは次の電車まで七分あるのを見て、スマートフォンを出した。
《もう向かってる?》
《着いた》
アオイは返事を二度読んだ。
《何してるの》
《暇だった》
アオイは返事を打ちかけて、雨で入った余計な一文字を消した。袖で拭こうとしたら、袖の方も濡れていた。
《じゃあ待ってて。まだ電車》

トリネからは《いる》と来た。
*

駅を出ると、トリネは商店街の入口にある深い軒下で待っていた。
髪の先と上着の袖が濡れている。紙カップを片手に、もう片方の手でスマートフォンを操作していた。アオイが最後の横断歩道を走って渡ると、顔を上げた。
「やめようって言った人が先にいる」
「途中で雨が弱かった」
「暇だったって来たよ」
「両方」
トリネはカップを傾けた。何も出てこなかったらしく、蓋を少し開けて中を見た。
「けっこう待った?」
「一杯分。行こう」
アオイも袖口を軽く絞った。水が一滴、靴の前へ落ちる。
二人は店先の屋根をたどって、商店街の奥へ歩いた。
*

カード店の対戦スペースには、まだ空いた卓があった。アオイは椅子へ座り、鞄からデッキケースを出した。
トリネが蓋の色を見て、手を止める。
「前のやつ?」
「そう。新しい方、まだできてない」
「あ、そうなんだ」
「送ったよ。それ」
トリネはスマートフォンを開いた。アオイの《まだ途中》が、さっきのやり取りより少し上にあった。
「ここ読む前に出ちゃった」
「来る気だったじゃん」
トリネは画面を伏せ、自分のケースを出した。
「まあ、暇だったし」
「じゃあ、しばらくやれるねえ」
アオイが山札を切る。トリネは濡れた袖をまくってから、最初の手札を取った。

